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タクシー(1)

バタン。
扉を閉め、客が無言のまま発車した。

この時期、こういう客が多い。
不愛想等ではない、酔い潰れて寝てしまっているのだ。
大学の飲み会、見るからに体格の良さそうなその身体は、それだけで充分堪能出来る程だ。
スウェットとTシャツというラフなスタイルは、筋肉で鍛え上げられた身体を引き立てた。
後輩たちに見送られているところを見ると、上下関係の厳しい部活だろうか。
屈強なその身体は、後部座席に完全に横になっても窮屈そうだった。

「…おぃ…ってこぃ…もってこぃ…」
イビキをかいていたかと思うと、たまに何か口走っている。
まだ居酒屋で飲んでいるつもりなのだろう。
横柄な寝言を聞く限り、後輩への態度は相当なものだと、先程見送った彼らに少し同情した。

やがて、指定されたマンションに着く。
自分たちの頃は、学生と言えばボロアパートが相場だったが、時代を感じる。
この歳で独り身な自分の暮らしと、さほど変わらないその外観にやるせない気もした。

「お客さん、着きましたよ…お客さん」
何度も声を掛けるが、一向に反応は無い。
どう見ても、完全に酔いつぶれている、声は届かないだろう。
どうしたもんか。
明らかに反応がないので、降りて後部座席のドアを開ける。
窮屈そうに折りたたまれた身体が、一層その屈強さを物語る。
「お客さん、お客さん」
反応は相変わらずないが、腕の筋肉の凄さを肌で感じ、少し邪な感情が芽生える。
物取りと勘違いされる等、トラブルにもなりかねないからご法度なのだが、揺すってみる。
「お客さん、お客さん」
起こすフリをしつつ、腕や肩に触れる。
鍛え上げられた肉体は熱を持ち、筋肉特有の弾力とハリが堪らない。
出来ればもっと楽しみたいが、いつまでもこのままでは困る。
顔をペチペチと叩き、反応を待つ。
「んぁ…」
「マンション着きましたよ」
「んぁ…ん…」

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