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落とし物(1)

ガラガラガラ…。
のれんの出していない居酒屋の入り口が開いた。

「こんばんは」
入って来たのはスーツを着たサラリーマン、見覚えがある。

「こんばんは」
いつもなら、いらっしゃいませ、と声を掛けるのだが、今日は違った。
昨日来店した時に忘れて行ったスマホ、サラリーマンの目的はそれだった。

「忘れられたスマホ、こちらですよね」
そう言いながら、昨日トイレに置き忘れていたスマホをカウンターに置いた。
「あ、そうです」
「トイレの洗面台のところにあった様です、従業員が拾いまして」
「そうだったんですね…、多分、酔っぱらった同僚を介抱した時に置いたんだと」
「でも、落とし主の方が見付かって良かったです」
ニコリと笑い、サラリーマンを見る。
スマホがようやく手元に戻るというのに、少しうかない表情で、緊張感が見て取れた。

「普段なら中を見たりしないんですが、不在着信の数があまりに多かったので、着信に…」
「はい、どこで落としたか思い出せなくて、何度も掛けたので出ていただけて良かったです」
少し怯える様に答えながらも、サラリーマンが続ける。
「お陰で落とした場所が解りました、ありがとうございます」
感謝の言葉を述べつつも、その表情に笑顔は無かった。

「いやいや、本当に良かったですよ、スマホ無いと大変ですよね」
「そうですね、今日1日だけとは言え、不便でした」

昨日、サラリーマンから何度も掛かってきた不在着信を心配し、電話に出た。
既に終電は出た後ということもあったが、朝に取りに来たいとの話。
しかし、定休日だと伝えると、何とかならないかとの話から夜に店で渡すこととなった。

当初、警察へ預けて朝には受け取れる様にと考えたが、そうしなかったのには理由があった。

彼の指示でスマホを操作する中で、幾つか興味深い内容を見付けたからだ。
見慣れたアプリ、保存された画像、それらを開くと、想像しなかった内容がそこにはあった。

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